矢上弁理士
プロフィール

千葉県出身。宇都宮大学農学部卒。宇都宮大学農学研究科修士課程修了。研究所およびバイオベンチャー企業において、有用遺伝子のクローニングやインビトロ薬物動態試験の構築、創薬支援事業などに約2年間従事した後、弁理士に転身。複数の特許事務所に勤務して実務経験を積み、2014年4月に矢上国際特許事務所を設立。

技術と法律との関わりに興味が
研究職から弁理士への転身

───ご出身は千葉県とのことですね。

はい。生まれが千葉県の袖ヶ浦です。今も千葉が拠点ですが、東京の都心にもオフィスがありますので、行ったり来たりしながら関東近県をはじめ、遠方のお客さまにも対応しています。将来的には自分の仕事を通じて、故郷の千葉県はもちろんのこと、日本各地の地域産業活性化や地方創生に貢献できたらいいですね。

───学生時代は、農学部でバイオ関係の研究をされていたそうですが。

分子生物学なんていうんですけれども、分子レベルで生命現象を説明するという手法を使って植物ウイルスの研究をやっていました。まあ、バイオテクノロジー、あるいはバイオといった方がイメージしやすいでしょうか。学生時代は植物ウイルスの研究をやっていましたが、研究所では病気の診断技術などに使えそうな遺伝子をクローニングしたり、バイオベンチャーでは医薬の開発に役立つ技術を開発したり、そんなことをやっていました。バイオと一言で言っても、その範囲はかなり広いです。

───弁理士にはいつごろからご興味をお持ちでしたか。

矢上弁理士学生のころから知財には興味がありました。理系なので、理屈でものごとを考えていくのが好きなんですが、法律って理屈ですよね。技術と法律が関係しているって、なんか面白いんじゃないかなと思っていましたし、画期的な発明でビジネスが大成功する裏に特許が重要な役割を果たしているということに関心がありました。卒業後に入った研究所やバイオベンチャー企業でも特許に関わる研究開発に携わってはいましたが、専門に仕事にしたいなあと腹を決めて特許事務所に行くことにしたんです。

最初に入った事務所は大きいところで、メインでやっていたのは外国での特許取得の仕事でした。国内の企業が外国に出願する場合、当然現地代理人とのやり取りは英語ですが、技術と特許に関する内容なので特殊です。実務や考え方が国によって異なるため、日本の特許実務だけを考慮して出願書類を作成すると、本来特許になるものが特許にならない可能性もあります。

ですから外国出願は経験がないとなかなかできないんですが、私はここで経験をたくさん積めたので、その点で恵まれていたと思います。その後は、中規模の事務所で、国内の権利化から外国での権利化の仕事に従事しました。国内企業だけでなく、外国企業をクライアントとして日本での権利化のお手伝いもやってましたね。

中小企業にこそ弁理士の必要性
トラブルになれば事業継続の危機も

矢上弁理士───弁理士さんが何をやっているか、一般の人はあまり知らないかもしれませんね。

とくに理系出身の弁理士って、あんまり営業向きじゃない人間が多いんじゃないかと……(笑) 職人気質というか、あまり自分の仕事について自分から話す人が少ないのかもしれません。それに、一般の人からすると具体的な仕事内容も特殊で理解が難しいと思います。

商工会の紹介でご相談に来る方も、「弁理士って何やってるんですか」という質問から始まることがあります。商標登録という言葉は知っていても、それを代理しているのが弁理士ということをご存知ない方も多いです。弁理士の「弁理」は「何でもやる"便利"ですか」って聞かれたことも本当にあるんですよ。

───中小企業の経営者にとっても必要性はまだ理解されていないでしょうか。

なんとなくこのままやっているとまずいのかな、という意識のある方もいますが、まだまだ少ないのが現状だと思いますね。とくに、商標についてはどうしたものか……と考えてしまう方が少なくありません。日本人の国民性として、権利を主張するということに慣れていないということもありますが、「うちはほそぼそとやっているから、そこまでは……」とか、「よそも取ってないから」という具合に消極的な方も多いです。

でも、もしトラブルになったら大変。警告書が届いて、裁判になってしまうこともあります。最悪の場合、商標を使えなくなり、広告看板や印刷物などすべて廃棄しなければならなくなり、事業継続さえ危ぶまれる……ということにもなりかねません。

───今まで何も問題なんかなかったから大丈夫、という社長さんも多そうですね。

多いですね。「とったほうがいいのはわかっているけど、まだいいでしょ」という人もいます。でも商標なんかはとくに、相談を受けたときにはすでに使用されていたり、近い将来、使用を予定していたりすることがほとんどなわけですから、他人との関係でトラブルになりやすいですね。商標は使うことが前提です。そして使えば使うほど有名になります。法律的には「周知性」というのですが、この、ある程度周知になったときが危ないんです。

たとえば、飲食店などのお店を経営されている方ですと、今はテレビの取材が来たり、誰かがSNSに写真を掲載したりして、急に話題になって有名になることがあるじゃないですか。そんなとき商標登録をしていないと、もし他人に模倣されてもやめさせることができません。それどころか、万一似たような商標をすでに商標登録している人がいたら、知らないうちに他人の商標権を侵害していることになってしまうのです。有名になったことで、その人がそれに気付いたら……突然警告書が届くのはこんなケースですが、このリスクをご理解されていない方が多いです。そのほか、他人にご自身の商標が勝手に登録されてしまうというリスクもあります。

こうしたことは本来、ビジネスを始める前、あるいはビジネスの構想段階から考えておくべきなんです。商標として使い始めてしまって、後で調べてみると先願先登録商標と似ていて登録できない……なんてことが起きた場合、商標権侵害のリスクが出てくるということです。

また、ブランド戦略というのがありますよね。商品コンセプトだとか、ターゲットとする顧客だとか、これは、究極的にはブランド力を獲得して利益を上げることに目的があるのだとは思いますが、そういったブランド戦略で具体化されるデザイン、ロゴ、キャッチコピーのようなものは、ブランド戦略と同時に当然商標権などで保護されるものであるべきでしょう。

ブランド戦略などと言うと、高級ブランドなどを扱う企業特有のものだと思うかもしれませんが、たとえば商店街の飲食店や小売店などでも、そのやり方次第でいろいろできることがあると思います。弁理士だけではできることに限りがあるかもしれませんが、必要に応じてその方面の専門家と協力すれば、基本的なブランド戦略の提案から知財の問題解消まで一貫したお手伝いが可能になるので、そうした連携を考えています。

───リスクヘッジという面が大きいわけですね。

そうです、まずはトラブルの未然防止からでしょうね。トラブルが発生してからでは遅いのです。弁護士・弁理士費用がかかるだけでなく、精神的にも大変なストレスになるでしょう。裁判になれば勝てるかどうかもわかりませんし、最悪、事業が続けられなくなることもあるわけです。

商標登録は10年ごとに更新します。指定商品(指定役務)の区分数にもよりますが、登録更新に必要な特許庁費用と弁理士手数料も、トラブルを防ぐための必要経費と考えたらけっして高くはないと思います。このように、まずはトラブルを未然に防止することから始めて、具体的な事業展開などを考慮して知財の発展的な活用につなげていくというのがいいのかなと思いますね。

商標や特許で守りを固めて企業の発展につなげる
専門家が連携すれば実現が可能に

───業種とか業態とかによっても、関わり方が違いますね。

矢上弁理士特許に関してはものづくり企業やユニークな技術を持っている企業。商標に関してはサービス業から商品を販売する企業まで幅広いと思います。デザインなどを使って商売をやるような場合、著作権法の問題だけでなく、商標法や意匠法、さらに不正競争防止法などの問題が複合的に絡んでくるかもしれません。商品を作って自社で販売しているというような場合も特許、意匠、商標の問題が複合的に関係してきたりします。

ですがこれらは目安のようなもので、本来どのような業種や業態であっても、新しい事業を始める場合は専門家に権利関係の問題について相談し、事前に権利問題の有無について調査したうえで権利取得などやるべきことは確実にやっておくことが肝要です。

ただ、中小企業の場合は、いろいろな面で大企業の知財戦略と同じようにやるのは難しいでしょう。たしかに特許を取ったり商標登録をしたりするのは重要だとは思いますが、やみくもに権利化すればよいというものでもありませんし、予算だって限られているわけですから、より現実的でビジネス上のメリットがあるものを、優先順位を付けて取得すべきです。我々専門家は、クライアントの状況に応じて柔軟に対応することが必要だと思います。

───それぞれの企業に合った知財戦略支援が必要になるわけですね。

そうです。新しい事業を始める場合は、まずクリアランス調査などで権利関係の問題や障壁を解消するとともに、早期に必要な権利を取得することが重要です。そのうえで、技術開発や商品開発、あるいはブランド戦略などの方向性を考慮し、さらに追加的にメリットのある権利を取得してシェアを他に奪われないようにまずは守りを固めつつ、可能な限り長期に独占していくような方向性で積極的に事業を拡大していく、そんなイメージでしょうか。中小企業でも、発展していこうと思うならやっぱりそこまで考えてほしいですね。

技術開発そのものの方向性や、ブランド戦略というような事業戦略の根本的なところであれば、その方面のコンサルタントと連携し、バックアップが可能と思います。もちろん、知財の問題は私が対応することになるので知財の問題も考慮した上での技術開発やブランドの戦略が可能ですし、権利取得もスムーズに進められます。つまり、知財分野だけでなく他分野も必要に応じて専門家が連携すればよいわけです。

───一つの権利を取るということが、企業の発展を左右してくるということでしょうか。

そうですね。まずは、必要なものをとっていって、うまく事業を継続していくというところですよね。良い技術があっても、それを知財としてどうやって守っていくか、ビジネスをどうやって優位に進めていくかというようなノウハウがない中小企業も少なくありません。

ですから、そこをうまく専門家がタイアップしてサポートすることが大切だと思っています。そうすれば、飛躍的な事業の発展はもちろん、知財部を抱えるような大手企業とも対等にわたりあえるようになると思いますし、そうなってほしいと思います。ENishi Adviser が、まさにそうしたことを実現できるスタートになったら幸いです。

───中小企業の海外進出も増えてきていますが、そうした面はいかがでしょうか。

海外での権利化は多大な費用がかかりますので、資力の乏しい中小企業にとっては大きな負担です。ですが最近は、特許庁をはじめ都や県などの行政機関が、中小企業の外国出願などに対して助成金を出しているほか、「ものづくり補助金」など様々な助成金や補助金があり、これらを必要に応じて利用できるかと思います。その際、補助金や助成金、さらに銀行などからの融資も含めた資金調達を支援している専門家の方との連携も考えているわけです。

海外進出するには、当然各国で権利の問題が出てくるのでそれぞれ対応が必須です。中小企業にとっては資力の面でなかなか厳しいですが、我々専門家がそのお手伝いをいたしますので、ぜひ頑張ってほしいと思っています。

それから海外の具体的な話をすると、中国では、日本企業や県などの商標が不正目的で片っ端から登録されているような現状もありますね。これは、本当に問題です。日本でヒットして中国に進出しようとしたら、もう商標を取られてしまっていて、事業進出ができない……しかも、訴えられて裁判で負けてしまうことすら実際にあるんです。

さらに東南アジアなんかだと、法律がまだ十分に整備されていないような国もありますが、そういった国は今後ビジネスチャンスがあるわけです。一方で、ユニークで非常に優れた日本の文化や技術には海外からの注目が集まっていますから、こうしたことを背景に、今まで海外進出なんて考えたこともないような企業にも、これからは海外で成功するチャンスがあるのではないでしょうか。

そうした、企業にとって海外進出というせっかくのビジネスチャンスを、権利関係の問題で棒に振るようなことがないように、ぜひお手伝いさせていただきたいです。そうしたことまで視野に入れたサービスを中小企業に提供するのはなかなか難しいことだとは思いますが、これも専門家がチームを組んでサポートしていけたらいいなと思っています。

とにかく成功事例を蓄積していきたいですね。お客さんが発展することで我々専門家には励みになり、さらにノウハウみたいなものも蓄積されるわけです。お客さんと我々専門家との間で相乗効果みたいなものが出てくるといいなあと思います。

───専門家が連携して中小企業の価値を高めていくということですね。

はい。弁理士は特許だけとればいいということではなく、クライアントに意味のある、何かを生み出すようなものでないと意味がありません。確かに案件ごとに良い仕事をする職人的な要素も必要だとは思いますが、一顧客に対して最終的に価値のある仕事をすることが重要だと思います。

こうした仕事は、弁理士が知財面での対応をするだけでは難しいかと思います。各専門家が連携して企業をサポートし、私たちも教えてもらいながら、お互いに発展していく、というのが理想です。

先生先生、と言われるよりは、一緒に企業を盛り上げていくパートナーのようなものを目指したいと思っています。企業が発展してその業界が盛り上がれば、そこに新しい人材が入ってきます。そしてさらに発展して……というような好循環を作っていきたいですね。